幸せと不安、それは慎重という警告。
最近色んな人から色んな人と繋がってきてる。
とても、とてもありがたい、また嬉しい思い。
たまに来るこの感じ。なんでこんなに幸せなのだろう、と。
いつもは結構ネガティブな一面ばかりを見せるこのブログで、
ちょうど去年のこの時期も、同じような感覚で書き留めていたような。
なんだか、当たり前になるのが怖い。
以前いつの日かの記事でも言っていたけど、当たり前ということこそが、慣れということが、ちょっと危ないというか。
まあ、容量用法適切であれば問題ないのと一緒で、当たり前すぎずに程々が一番丁度いいのだけれど。
結局それはすぐに忘れる。
当たり前を当たり前と思うこと、気づくことはすぐに忘れる。
それは、当たり前なのだから。
当たり前になるってことは、良いも悪いも習慣化する。
新鮮さと、初心は忘れないようにしなきゃ。
いつかまた後悔する。必ず、きっと。
その時、どれだけの痛みを負うか今もうその受ける量というのは既に計算されてきている。
だから、自分がどれだけ自分を出していいのか、
どういう自分ならいいのか、見極めなくちゃね。
それはだれも教えてはくれない、自分だけの課題。
逆を言えば、決めていいのは自分だからね。
自分で、自分を見失いがちな僕は、
自身のことさえも分からなくなる。
いいのかな、大丈夫かな。
そんな不安ばかりが残る。
不安は慎重へと変わる。
気をつける。
ゅあ